摂食障害でも…大丈夫。

摂食障害でもちゃんと生きるための記録

もう病気ではない

割と穏やかに生活していたんですが、この三連休、過食嘔吐したいような、なにか「してやる!」くらいの感情が芽生えていました。
 
初日はそれでも問題なく過ごし…
2日目、お昼のうどんを食べすぎたような感覚から、午後いっぱい何となく過食嘔吐したいような気持ちで

夕食を食べはじめたときに、過食嘔吐してやろう!と思ったのですが、タイミング良く?悪く?夫帰宅。

これは過食嘔吐するなってことなのか??と思いつつ…結局、過食嘔吐をすることなく。

そして3日目。過食嘔吐するつもりでファストフードに行ったわけです。

なんだか我慢できたような気もするし、どこかに過食嘔吐することが怖いという一面も、正直あったわけです。

なんというか…じゃあやるなよ!と思います。

私の場合、たまにの過食嘔吐だからか?もうしっかり嘔吐できないんですよね。結果的に体重増。昨日は測ることすら避けましたが。

それに日によっては、かなり苦しむことになり、過食嘔吐の末どうなるかは、賭けみたいなもの。起き上がれないことも、たまにある。

ならば本当にやめようよ。今の私なら、昨日の私にそっと忠告したい。

もう、「摂食障害」という病気ではないような気がします。

理解されぬ病(やまい)

摂食障害を含むメンタルのトラブルで、障がい者手帳を交付されている人もいるでしょう。


仕事も難しく、自宅療養している人もいるでしょう。


そういった人に対して、一瞬…ズルイって思った。


その時、私は私で精神的にかなり疲れていて、仕事に行くのも辛くて。だけど、行かないわけにはいかない。辞めるわけにもいかない。そんなちょっと追い詰められた状態だった。




あの摂食障害の過酷さを知っている経験者の私すら、ズルイなんて思うのだから、それはそれは相当理解されない病なんだと、改めて思いました。


例えば癌だったら、大丈夫?よく頑張ってるね。無理しないでね。そんな風に思われるのに。




摂食障害さえ治ったら…これさえなかったら。


そんな風に何度も何度も何度も思った私ですら…ですから。


なんという病か。

誰にもづかれない悲鳴

さっき、摂食障害と思われる女の子を見かけた。

まるで骨のような脚。透けた血管。腕には小さなタトゥー。華奢すぎる身体にはずいぶんと重たそうな厚みのあるヒール。

手に持ったエナジードリンクが500ml缶ほどに大きく見える。そして…それだけで生きているんじゃないかという感じ。

周囲がどれだけ彼女のことを見ているかわからないけど、その小さな小さな身体で人知れず大きな闇を抱えていると思うと、心が揺さぶられる。

もしかすると、彼女の心は 悲鳴を上げているかもしれない。

私の思い違いかもしれないけど…思い違いであって欲しいけど…。

最低だと思うけど、仕方ないとも思う

月曜日。


仕事は嫌すぎるってほどじゃないけど、なんだかなぁ…って感じ。


悪夢見て起床。


で、いろいろとあって。仕事で。心の整理ができず、結局過食嘔吐


というか、今食べてる。



※こっからは、落ち着いたあと。


最初はそんなつもりなくって。ちょっと休憩…みたいな。ほんの少しだけ。ほんの少しだけ。


しかしこうなっちゃうんだな。


一店めでソワソワきて、二店目。子ども待たせたてる。最低。


もういい加減にしてよ、私。いい加減にして。





だけど仕方なかったんだよね。


私頑張ったね、なんて…もう思わないけど、一日、疲れた。疲れたよ。

血糖値だとか肝機能だとか

職場の上司が、血糖値とかそういう数値を気にして、いろいろ頑張ってます。


サプリとかいろいろ飲んだり、定期的に血液検査したり。


私に、その健康法などを強要するわけじゃないのでまぁ平和なもんですが


だけどね、そんなのクソ喰らえだ。私にしてみたら。


過食嘔吐のときなんて、もう糖質も脂質もトランス脂肪酸も添加物も…なーんも考えられない。


健康とかもう全然考えてない。狂ったように詰めて出す。ただそれだけ。


「これは体に悪い…」なんて考えてないわー。そもそも過食嘔吐自体、どんだけ体に悪いんだか。


自傷行為っていわれることもあるけど、確かにそうだわね。

一難去ってまた一難

一難去ってまた一難…なんていう、大袈裟なものでもないのですが、


仕事でなかなか思うようにいかず、スランプ気味だったここ最近、ようやく突破したと思ったら…


今度は子どもの習い事関連で、面倒なことがいろいろとありまして。


割と仲良くしているママから、頻繁に愚痴メール。


本当はそれに対して「それってちょっと違うんじゃない?」「いやいや、それはあなたの考えがよくないよ」「私はそういう考え方しませわけど…」なんて、異論を唱えたいわけですけど、この先長いお付き合い。


何があるかわからない。子どもにも影響するかも。


そしてまだ親しくなって半年ほど。お互いの人間性も不確かだ。


さらにその方があまりよく思っていない別の子のママも、私は好き。


だから、どなたからも嫌われないように、穏やかに穏やかに。そうやってやり過ごしているつもりなのですが、正直面倒くさい。


今は割と精神的に安定しているからいいけど、鬱々としているタイミングだと、こういった些細なことも過食嘔吐の要因になる。


みんな、生きるって、生活するって大変だよね。そりゃあストレス溜まるよね。


本当、一難去ってまた一難。人生この繰り返し。

案ずるより産むが易しとはよく言ったもの

仕事の関係で、全く鬱々としていた私ですが…


実は先週1週間直属の上司が休暇でして、それが妄想癖&考え過ぎ&マイナス思考な私の勝手な思考回路によって、余分に鬱々としていたことがわかりました。


例えば…あのチャットはこう返すべきだった?上司の意にそぐわないことはなかった?アレもっとこうしたらよかったな…こんなことばっかり。


いざフタをあけたら、なんてことはない。


案ずるより産むが易し。昔の人はよく言ったものですよね。


マイナス思考は全く。よくない。よくないですね。


あーそれでも働くって、大変。どんな仕事であれ、みんなお疲れ様です。

生きたいけど、死にたい

前回のブログで、過食嘔吐目的で食べたものを結局嘔吐しなかったって話。


後日談。それで今のところ体重が増えることもなく。もちろん食べたものが玄米1杯分と豆腐ですしね。


それをどうしてあんなにも…さも一大事件のように捉えてしまうんかな。


タイトルの「生きたいけど、死にたい。死にたいけど、生きたい」というのは、昨日観ていた覚醒剤中毒者の動画より。


これ、私も昔はよく考えていたなぁ…と。


そしと今現在の私。仕事のストレスからなのか?ちょっとおかしいんです。


もう半月?この状態。


考えて私が変えられないことは、もう考えない。ダメならダメで終わりにする。私がたとえ鬱病になったって、上司はたいして堪えないんだから。


私が考えて変わらないことは、一回どっかに置いて考えない。そうする。

吐かないでみる

今日、子どもの運動会で、イレギュラーな状況。もちろん朝からお弁当作り。

 

お弁当作りはいいとして…早く起きた夫はゲームしてる、会場に行けば父兄とひっきりなしに話すし、作ったお弁当が少し余って自分が結局食べる…。

 

本当色々と心が動いてしまうよう。みんな…そう。私だけではない。

 

疲れた夫や娘は早々に就寝。

 

だからさっきお酒飲みつつ吐くつもりで冷凍した一杯分の玄米と豆腐を食べた。

 

吐こうと思っていたけど我慢してみる。なんだろ…我慢してみるというこの想い。

 

隣には息子。

 

今日は嘔吐我慢してみる。

過食嘔吐しないとブログは書けない(笑)

ここ数日、ほぼ過食嘔吐していない。


ほぼ…というのは、1回過食嘔吐はしたけれど、病的というか全くコントロールがきかない状態ではなかったので、それはそれは穏やかなものです。


こんな状態だと、割とブログも書けないものですね。


もちろん「あ!」と思って書き始めることもあるんですが、酷い過食嘔吐をすると、激しい疲労消耗で脳内がかなり鬱々としてきて、ブログに書いて残したいことが出てきます。


ブログが頻繁に更新されないというのはまた、悪いことではないのです。