摂食障害でも…大丈夫。

摂食障害でもちゃんと生きるための記録

吐かないでみる

今日、子どもの運動会で、イレギュラーな状況。もちろん朝からお弁当作り。

 

お弁当作りはいいとして…早く起きた夫はゲームしてる、会場に行けば父兄とひっきりなしに話すし、作ったお弁当が少し余って自分が結局食べる…。

 

本当色々と心が動いてしまうよう。みんな…そう。私だけではない。

 

疲れた夫や娘は早々に就寝。

 

だからさっきお酒飲みつつ吐くつもりで冷凍した一杯分の玄米と豆腐を食べた。

 

吐こうと思っていたけど我慢してみる。なんだろ…我慢してみるというこの想い。

 

隣には息子。

 

今日は嘔吐我慢してみる。

過食嘔吐しないとブログは書けない(笑)

ここ数日、ほぼ過食嘔吐していない。


ほぼ…というのは、1回過食嘔吐はしたけれど、病的というか全くコントロールがきかない状態ではなかったので、それはそれは穏やかなものです。


こんな状態だと、割とブログも書けないものですね。


もちろん「あ!」と思って書き始めることもあるんですが、酷い過食嘔吐をすると、激しい疲労消耗で脳内がかなり鬱々としてきて、ブログに書いて残したいことが出てきます。


ブログが頻繁に更新されないというのはまた、悪いことではないのです。

壊れたら戻らない。

摂食障害…いや他のメンタルな疾患はほとんど、当てはまるかもしれませんが。


摂食障害に陥ってしまうと…


割れた陶器の器が接着剤を使っても、元どおりに戻らないような感じ。


繋ぎ合わせの部分は、やっぱり脆くて、何かの衝撃でボロリと剥がれてしまうし、


完全な状態なら10の衝撃まで耐えることができても、一度割れたものは5の衝撃でも…最悪3の衝撃でも壊れてしまう。


例え外側から分厚い粘土で覆ってみても、中はきっとボロボロ。


もう繋いだら離さない強力な接着剤があったなら…


ただ…過去には絶対に戻りたくない。またあの恐ろしい摂食障害の一歩を踏み出す可能性があるのなら、今がいい。

生きるのって大変じゃないですか…

「生きるのって大変じゃないですか…」

過食嘔吐を繰り返している女性が、ボソリと呟いていたこの言葉。



5/11の金曜日。仕事でミスって叱責されたこともあり、ここのところ何となく気が重たくなっていた私は5/12に久しぶりの大過食嘔吐


昔ほどではないものの、久々に本格的な過食嘔吐


あの独特の気持ちのざわつき、コントロールできない恐怖、食べても食べても美味しくない食品。


すごく疲れて、濯ぎと呼ばれる行為すら適当に、倒れるようにして2時間ほど眠りました。


全身が疲労困憊。もちろん心も疲労感ばかりで、もうやるまいと。


そのときは思うんですよね。


それから起きて、YouTube摂食障害の動画を観ていたんですが…



その動画の中で見つけたのが

「生きるのって大変じゃないですか…」


当たり前なんです。でも本当に生きるのって大変だと思う。


頑張ればいいってわけじゃないし、一生懸命やってもミスったら怒られるし、外部はいちいちうるさいし。


まぁ、そんなのわかりきってることなんですけど、本当にここ数日、心が風邪をひいたようで辛かった。


「何にでも頑張って、抜き方を知らない」なんて言うけど、じゃあ抜き方を…力の抜き方を教えてよ!

摂食障害ブログ

ついふらりと見てしまった過食嘔吐の方のブログ。

 

今は更新されてないブログ。

 

軽い気持ちで読み込んで、結局影響されたかはわかりませんが、私も過食嘔吐


何やってんだろー。影響されたんじゃないかもしれないけど、結果的に。


それはさておき、ブログのコメントを見るのも結構好きなんですが、そのブログが更新されない理由がコメント。


あるあるですよね。こういうの。


「甘えだ」「食べ物がもったいない(飢えで苦しむ子供がいるのに系)」「家族がかわいそう」色々な意見がありますが…


ひっかかったのが

「このブログ嫌いですね」

このコメント。


このコメント、入れる意味ある?


誰もハッピーにならない、誰にとっても価値をもたない、こんなコメントを、わずか数秒かもしれないけど自分の時間をわざわざ使って入力する。


そのこと自体意味わかんないーと思いますが、止められない昨今の状況。


なんだろうな。