摂食障害でも…大丈夫。

摂食障害でもちゃんと生きるための記録

疲れ気味

何をどれだけ食べるとか、

これを食べていいのかとか、

人がどの位食べているかとか、

今日過食嘔吐するかどうかとか、


私はいつまで考えたらいいのか…



もちろん調子いい日も多くて、調子いい日のほうが多くて、10年前より確実に良くなってるけど、だけど終わらない。


娘が残したポテトを食べて、そのあと少ししたら過食嘔吐しようか?という考えが浮かび


だけど我慢したのに。我慢できたのに。翌日過食嘔吐


こんな日々。痩せもしない。

大爆発してました

夏休みで1週間ほど子どもが私の実家に行っていたので、久しぶりに土日ともフリーでした。


そんな私がしたこと。


過食嘔吐


もう、ここぞとばかりに昼前から。2日連続で。大爆発。


お金がもったいないから、なるたけ安価で、なるたけ量があって、なるたけ嘔吐しにくくないものを。


何が食べたい…ではなく、何なら入るか。


それでも過去の絶頂期のような何ラウンドもは、できないのです。


それだけは進歩したかも。長々とした1Rが終了したら、あとはダラダラと。居眠りしたり。


アラフォーになってもまだ過食嘔吐してるとは、想像していませんでした。


しかしながら、もう一方で一生過食嘔吐が治らないと思っていたから、現段階の過食嘔吐しない日の方が圧倒的に多いという事実は、正直に嬉しい。


こうやってゆるりゆるりと、過食嘔吐というものと付き合っていくのかなぁ。

もう病気ではない

割と穏やかに生活していたんですが、この三連休、過食嘔吐したいような、なにか「してやる!」くらいの感情が芽生えていました。
 
初日はそれでも問題なく過ごし…
2日目、お昼のうどんを食べすぎたような感覚から、午後いっぱい何となく過食嘔吐したいような気持ちで

夕食を食べはじめたときに、過食嘔吐してやろう!と思ったのですが、タイミング良く?悪く?夫帰宅。

これは過食嘔吐するなってことなのか??と思いつつ…結局、過食嘔吐をすることなく。

そして3日目。過食嘔吐するつもりでファストフードに行ったわけです。

なんだか我慢できたような気もするし、どこかに過食嘔吐することが怖いという一面も、正直あったわけです。

なんというか…じゃあやるなよ!と思います。

私の場合、たまにの過食嘔吐だからか?もうしっかり嘔吐できないんですよね。結果的に体重増。昨日は測ることすら避けましたが。

それに日によっては、かなり苦しむことになり、過食嘔吐の末どうなるかは、賭けみたいなもの。起き上がれないことも、たまにある。

ならば本当にやめようよ。今の私なら、昨日の私にそっと忠告したい。

もう、「摂食障害」という病気ではないような気がします。

理解されぬ病(やまい)

摂食障害を含むメンタルのトラブルで、障がい者手帳を交付されている人もいるでしょう。


仕事も難しく、自宅療養している人もいるでしょう。


そういった人に対して、一瞬…ズルイって思った。


その時、私は私で精神的にかなり疲れていて、仕事に行くのも辛くて。だけど、行かないわけにはいかない。辞めるわけにもいかない。そんなちょっと追い詰められた状態だった。




あの摂食障害の過酷さを知っている経験者の私すら、ズルイなんて思うのだから、それはそれは相当理解されない病なんだと、改めて思いました。


例えば癌だったら、大丈夫?よく頑張ってるね。無理しないでね。そんな風に思われるのに。




摂食障害さえ治ったら…これさえなかったら。


そんな風に何度も何度も何度も思った私ですら…ですから。


なんという病か。

誰にもづかれない悲鳴

さっき、摂食障害と思われる女の子を見かけた。

まるで骨のような脚。透けた血管。腕には小さなタトゥー。華奢すぎる身体にはずいぶんと重たそうな厚みのあるヒール。

手に持ったエナジードリンクが500ml缶ほどに大きく見える。そして…それだけで生きているんじゃないかという感じ。

周囲がどれだけ彼女のことを見ているかわからないけど、その小さな小さな身体で人知れず大きな闇を抱えていると思うと、心が揺さぶられる。

もしかすると、彼女の心は 悲鳴を上げているかもしれない。

私の思い違いかもしれないけど…思い違いであって欲しいけど…。